文化のご紹介(人吉)

国宝青井阿蘇神社

国宝青井阿蘇神社

多くの寺院や史跡、文化財を今も残す人吉。中でも青井阿蘇神社は、創建大同元年(806)、人吉球磨地方の総鎮守であり最大の神社で、1200年の時と歴史を越え、五棟社殿群(本殿・廊・弊殿・拝殿・楼門)が平成20年6月に国宝に指定されました。
神社のシンボルである茅葺きの楼門をはじめ、華麗に飾られた彫刻などは、桃山時代風の豪壮な建築様式を今に伝えます。

青井神社(上青井町)
TEL:22-2274

神面 拝殿 廊 h_culture19
桜門屋根の四隅の軒下に神面がとりつけられています。
このような場所に神面が取り付けられているのは珍しく、人吉洋式と名付けられています。
拝殿。神楽殿・神供所と三部屋に仕切られているのが最大の特徴です。 本殿と弊殿をつなぐ廊。
右左龍の彫刻は右が剣、左は梵鐘を巻き込んでいるのが特徴です。
桜門前のこま犬


相良三十三観音めぐり

相良三十三観音めぐり

人吉球磨地方には、一番札所から三十三番札所(三十五か所)まで、全三十五の観音様があちらこちらに祀られています。
その昔から春と秋のお彼岸には、三十三か所の観音霊場を巡って仏さまの功徳をいただく三十三観音めぐりが行われています。
またこの期間中、各札所には巡礼者へ地域の人たちによる心づくしのお茶や漬け物などがふるまわれます。

清水千手観音 中尾千手観音 矢瀬が津留十一面観音 三日原聖観音 嵯峨里十一面観音
石室聖観音 湯の元聖観音 村山千手観音 瀬原聖観音 永田(芦原)聖観音
観音寺聖観音 赤池聖観音

東林寺(浪床町) 石水寺(下原田町)
h_culture25 東林寺

県指定文化財の舎利容器は、仏骨を祀った容器で、相良22代当主頼喬公夫人が、京都から輿入れした際に持参したものです。
また、「普茶料理」(要予約)を楽しめることでも知られています。

岩をくり抜いた山門が特徴、門を流れる小川に架けられた太鼓橋も有名。4月上旬には、海巣(カイドウ)が見頃になります。
また寺には、秘宝十六羅漢図や地獄相伝図が所蔵されています。(拝観要予約)

TEL:23-2706

TEL:22-4411


鎌倉・室町に遡る史跡の宝庫

願成寺(願成寺町) 大信寺(南泉田町) 永国寺(土手町)
願成寺 大信寺 永国寺
後陽成天皇勅願所、相良家菩提寺。九州八十八ヶ所第五十番霊場、相良三十三観音第一番札所。
本堂裏には相良家墓地(県指定史跡)がある(写真右上)。木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)は桧材、寄木造り、漆箔で平安時代後期の作で高さ1.08m(写真左)。
他に、熊本県指定重要文化財として絹本著色両界曼荼羅、木造不動明王立像などもあります。
相良家の22代、当主頼喬公は帝王切開で生まれ、その出産で母君を亡<し、供養のため、大信寺を建立したと言われています。
本尊と向かい合わせに建っている地蔵菩薩。身丈1、53mで樟(くす)の寄せ木造り。県指定の有形文化財です。
寺には、実底超真和尚が描いた幽霊の桂け軸が保存されています。
また、明治10年の西南の役では、西郷隆盛がこの寺に本陣を構えたことでも知られます。境内には、人吉球磨地方で最も古い五重の石塔(現在四重)が残っています。
TEL:24-4161 TEL:22-3414 TEL:22-2458


隠れ念仏の里

 人吉・球磨地方は、鎌倉時代から明治時代の初期にかけて相良氏によって治められていました。当時、経済的に最も弱く貧困にあえぐ農民たちの心に、一向宗(浄土真宗)は少しずつ広がっていきました。とくに、島津藩と人吉藩はキリスト教と同様に一向宗の布教、信仰を厳しく取り締まりました。
 一方で信者たちは禁制とされながらも芦北や八代・阿蘇地方の一向宗のお寺に参詣したり、佛飯講、相続講などにより集めた志納金をそれらの寺院を通じて本山(京都・西本願寺)へ上納したりしていました。
 このように隠れて一向宗を信仰していた人々を隠れ門徒とよんでいます。これらの隠れ門徒のもとへは、薬売りや筵(むしろ)打ちに姿を変えた僧侶や伝道者たちがこの球磨の山里にも奥深く入ってきました。一向宗の信者たちのなかには、禁制が強くなればなるほど信仰心も強まり、自宅の仏壇を改造した「隠し仏間」や「傘仏」や「まないた仏」などが密かに信仰を深めたと考えられます。それらは現在、きちょうな信仰の証として大切に受け継がれています。

本願寺人吉別院
(七日町)
十島仏像焼却地跡
(相良村柳瀬)
花立(隠し石佛)
(七地町)
楽行寺
(下林町)
与内山の首塚
(瓦屋町)
本願寺人吉別院 十島仏像焼却地跡 花立(隠し石佛) 楽行寺 h_culture30
真宗禁制解禁第一号の浄土真宗寺院で、明治11年(1878年)本願寺人吉説教年「光尊寺」と改称し、同時に本山別院と定められています。大正8年本願寺人吉別院と改称。人吉市唯一の真宗寺院として多くの門徒たちの心の支えとなっています。

TEL:0966-22-3316
寛永4年(1627年)、球磨一円の真宗信者の家から仏像仏具を撤収して焼却した地で、その後も摘発が続き現在も当時のその灰が残っています。現在、記念の祠がたてられています。 球磨川を隔てた、十島の仏像仏具焼却地から上がる焼却の煙を見ながら、信心深い老婆が岸辺から香を供え花を立てて礼拝をしていたと言い伝えられています。 真宗佛光寺派の寺院ですが、在家にあった禁制中の信仰遺品が所蔵されています。
・まな板本尊(県指足文化財)・傘佛(県指定文化財)
他にも禁制中の経本や仏典などが保管されています。

TEL:0966-24-5642
伝助の愛弟子秋山和七郎が、処刑された伝助の首を盗み、自らの敷地内に埋葬しました。また和七郎の息子弥七郎は、伝助の遺歯を隠したとされる観音像の脇に地蔵石像を併設し首墓碑としました。


人吉TOPに戻る